―『バトル・ロワイアル』
修学旅行のバスの中には独特の緊張感がある。陽気さの下に不安を押し隠し、高まる旅への期待と共に、どうしようもない心細さが漂っている。
それは多分、学校という制度の下で半強制的に乗り物に押し込められ、運ばれているという状況から受けるほとんど本能的と云ってもいいような恐怖に起因するのだろう。自分の意志で「乗っている」のではなく、「乗せられている」感じ。家庭、教室という日常から切り離され、非日常へとスライドしていく感覚。
そんな修学旅行のバスの中から、この物語は幕を開ける。おしゃべりする者、眠りこける者、お菓子を食べる者、みんな思い思いにくつろいでいる当たり前の車中の風景。
読み始めたら、あとは一気のジェットコースター。一読、巻を措くことあたわず、というやつだ。内容のあまりの過激さに角川ホラー大賞最終選考で落とされた後、業界筋で噂になり、太田出版から刊行されたという経緯を持つ。
が、決して後味の悪い陰気な小説ではない。同種のプロットを扱った『蝿の王』が人間を否定的にとらえているのとは対照的に、『バトル・ロワイアル』は人間讃歌の物語だ。システムが非システム的なものに呑み込まれていく過程が『蝿の王』のテーマだとするなら、システムの恐怖とそれへのあらがいを描いたのが『バトル・ロワイアル』である。
設定の矛盾を批判する意見もあるが、リアリティについて言及するなら設定以上におかしいところはいくつもある。たとえば、イングラムという短機関銃が出てくるが、この銃は引き金を引くと約２秒で弾倉が空になる（発射音はパラパラではなく、ブワアという感じに聞こえる）。劇中、激しい銃撃戦が繰り広げられるのだが、一体、弾倉はいくつ用意されていたのだろう？ そもそも、訓練を受けたことのない者が扱った場合、銃とは簡単に当たるものではない。この種のリアリティの欠如を指摘するのは無意味である。
これは寓話なのだ。ただし、そこで示されるものは教訓ではなく、真実である。本当の世界の姿。世界は大人のものであり、子供達に選択の権利はないということ。そんなクソったれの世界でも生きていかなければならないこと。極限状況の中で逆説的に輝く魂の高潔さ。
とてつもない破壊力に満ちた小説である。表面的に読むことだけを許さない。ひきずり込まれるようなドライブ感覚と作品世界が体の中に侵入してくるようなドラッグ感覚がすさまじい。文学が（あるいはＳＦが）危険な存在になり得ることを突きつけてくる。99年度マイベスト国内小説部門第１位。
高見広春 『バトル・ロワイアル』 太田出版
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