―『悠久幻想曲』
人生は物語じゃない。
始まりと中間と終わりがあることを、アリストテレスは物語の「完全性」と定義した。人生においては何かが終わっても、次の瞬間には別の何かが始まっている。死はたしかに人生の終わりであり、それが訪れたとき状況への再挑戦性は失われ、世界から排除される。だが、世界そのものは決して終わらない。物語の終わりが作品世界の終わりであることとは対称的だ。
物語は終わる。悪者は退治され、主人公は幸福な結末を迎える。その後の主人公の動向は言及されない。言及されないことで物語として完成する。
物語を捨てよ。物語を捨てよ。
いま、ここで生きるぼくたちに必要なのは物語じゃない。
伝説の勇者も、古の大魔王も、世界を揺るがす陰謀とも無関係な「小さな」世界に向かおう。ポストモダニズムが「大きな物語の失墜」を唱え、「小さな物語」を目指したように。
『悠久幻想曲』はとても「小さな物語」だ。
労働と協調。繰り返される日常。退屈な毎日。
そんな地味な素材がゲームとして成立している。テーマ、システム、ストーリーが直結したゲーム構造。重層的に織り込まれた情報が明らかになるにつれて、少しずつ世界が見えてくるハイパーテクスト的構成。ゲームによってのみ到達し得た新しい虚構空間がここにある。
そこで示されるのは新世紀へのビジョンだ。
「大きな物語」の解体により言葉が通じなくなっている現在に、共同体的関係性を復活させること。その際、共同体を形成していく過程において個々の主体性を喪失させないことで、保守の罠に陥ることを回避している。つまり、主体性と関係性を対立する概念としてではなく（一方が強まれば他方が弱まるような）、両立し得るものとすることで、新たな千年紀に向かうためのひとつの道標として、有効に機能する可能性を獲得した。
主体を確立していく過程と関係性を深めていく過程がパラレルに進行していく。パラレルでなければ、この２つは成立しないとしたことの意味は大きい。自分を主張することと他者を認めることは同時に行われるということ。
舞台となる街「エンフィールド」には四季がない。一年中、夏である。もし四季があったなら、サイクルの存在によって独立した一個の小宇宙としての完全性を持つことで、プレイヤー側の世界から切り離されてしまう。「エンフィールド」は永遠の夏の街だ。ひとつの季節しかないことで、ゲーム内時間はプレイヤー自身の人生の一部と地続きの時間となる。
日常の延長としてのゲーム。現実へのフィードバック力。
物語じゃない人生を生きるぼくたちの前に示された道。それはとても微かだが、たしかに未来へとのびている。次の時代へ進む力がここにある。
……と、以上で何としても言いたかったことは書いてしまったので、以下、好きなように書く。
まず、雰囲気がいい。前述のとおりエンフィールドはいつも夏である。陽光降り注ぐ明るい街。ある種のユートピア。そこを舞台に繰り広げられるシティアドベンチャー。舞台はあくまで街の中である。そう、これは「ご近所ファンタジー」なのだ。
ご近所ファンタジー〜封印された破壊神、かつて世界を三度滅ぼした魔剣、黒の十二騎士、光と闇の一大決戦……以上のような要素はかけらもない、その世界に生きる普通の住人の普通の生活を描いたファンタジーのこと。ゲームにおける走りはおそらく『プリンセスメーカー』。他に『マリーのアトリエ』、『どきどきポヤッチオ』などがある。
もうひとつのポイント。主人公は働いている。ゲームの主人公といえば、モラトリアムまっただなかの冒険者か、さもなくば特権階級に属しているのが通例。『悠久』の主人公は街の「何でも屋」である。その名のとおり「何でも」やる。出前の配達、家の掃除、結婚式の手伝い、寄付金集め、生活指導員補助、拳闘士などなど。
主人公が働いているご近所ファンタジー。つまり、これは勤労青年の物語なのだ。
ストーリーはあえて紹介しない。取扱い説明書のプロローグも読まない方がいい。読まなくてもわかるようになっている。
そして、主人公が生きているのと同じようにサブキャラクターたちもまた生きている。
世界におけるキャラクターのポジションは主人公からの距離や角度においてのみ決定されるのではなく（たとえば『ときめきメモリアル』のように。『ときメモ』において、女の子の間の関係性は希薄である。すべての女の子が、主人公からのびる放射線状の図式の中に配置される。ドラマシリーズその他のサブテキストによって補完することはここでは問題にしない。誤解を防ぐためにはっきりしておくが、『ときメモ』は圧倒的な大名作である。ただ、個々人間のネットワーク的関係の描写力という点では、やや劣ると言わざるを得ないということ）、主人公を含む各キャラクター間においてお互いの位置を決定するためのベクトルが交錯し、ひとりひとりが多角的な光に照らし出されることで立体的な造型を獲得している。世界はネットワークであり、個人はその結節点なのだ。サブキャラクターのストーリーが主人公のエンディングのために存在するのではなく（プレイヤーのハッピーエンドに奉仕するためではなく）、サブキャラクター自身の人生のためにある。彼らはこの世界でたしかに生きている。世界の存在感がここにある。
そこで過ごした時間は、まぎれもない「もうひとりの自分」の時間となるだろう。
ストーリーはとてもこぢんまりとしている。なにしろ、ご近所ファンタジーだから。とても小さい小さい物語である。そこに、ぼくらのいま直面している問題を切り拓く鍵があるような気がしてならない。
とにかく、行ってみよう。永遠の夏の街エンフィールドへ。ありったけの想像力と柔軟な感性、ちょっぴりの妄想をたずさえて。
「ようこそ！ エンフィールドへ」
『悠久幻想曲』 メディアワークス プレイステーション・サターン