◆2004/02/27 ◆
２月１日（日）
『サウンドトラック』（古川日出男著・集英社）読了。
２１世紀。
ヒートアイランド現象が進行して、熱帯と化した東京。かつて冬であった季節は「非夏」と呼ばれている。
２００４年７月（５ヵ月後！）、安価な労働力の確保のために入管法と外国人登録法が改正されて、東京は「移民の街」となる。神楽坂がアラブ人のコミューンとなる一方、西荻窪は日本人のサンクチュアリとして孤立する。
幼少の頃、小笠原諸島の小島で漂流生活を過ごした少年と少女が東京に破壊をもたらす。
一読して、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』を想起する。たぶん確信犯。
現実の東京の地名に作中の設定を滑り込ませていくことで、“この東京”なんだけど“どこか違う東京”という白昼夢のような感覚が生まれている。強力な異化作用。
「トーハン本社の裏手の舗装道路がアラブストリートと呼称されて、」といった直接的な説明だけでなく、赤城元町の斜面に傾斜人たちが穴を掘って暮らしていたり、西荻窪では猫の首輪が色の違いで吉凶を示し「本日の運勢の猫」とされていたりする。
現実に対する爆弾。反抗としての文学。優れたＳＦは文学にならざるを得ないことの証明のような小説。
２月７日（土）
『太陽の塔』（森見登美彦著・集英社）読了。
第１５回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
ある京大生（農学部、ただし休学中）の妄想と夢想の日々。
大きなドラマは起こらない。どこまでも等質な時間が流れている大学生的時空間。起承転結を無視している。どこから読み始めてもいいし、どこで読み終わってもいいようなカンジ。極めてネット的。
２月９日（月）
新宿スカラ１で『ラブ・アクチュアリー』。
月曜の昼の回としては、良く入っている。１００〜１５０人くらい。
複数のキャラクターをシーンの切り替えで次々と見せていくオープニングが圧巻。
結婚式と葬式を同時に見せるあたりに本作のテーマが示されている。まるで正反対の儀式のように思えるが、どちらも“愛”を示すイベントである（愛がなければ、結婚式も葬式も行われることはない）。
“愛”に関する平凡な物語を構成と演出の冴えだけで、非凡な映画に仕立て上げた文句なしの傑作。
サントラの選曲がベタベタなので、それにノれるかどうかが観る上でのポイント。無論、本作の場合、ベタベタだから良いのだ。「いつかどこかで聴いた曲」が流れることで、劇中のシーンが観客自身の記憶に接続される。劇中に観客を取り込もうとする仕掛けのひとつとして、機能している。
以下、ネタバレ注意。
……。
すべての“恋”を当たり前のハッピーエンドに回収させず、エピソードのいくつかを上手くいかないままで終わらせたのが効いている。人生は、世界は「まるく収まる」ものではなく、どこまでも「開かれて」続いていくものである。だからこそ、あのＯＰとＥＤが意味を持つ。
現実に対して開かれた映画。
「いま、ここ」につながる映画。
２月２３日（月）
新宿ピカデリー１で『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』。
原作のエピソードを大胆に刈り込んで、友情と信頼、勇気と希望の物語としてラストまで辿り着いた。
圧倒的なスケールと緻密なディテール、細部にまで手を抜かない仕事の集積として生まれた究極の物語空間。
異世界ファンタジー映画として不滅の金字塔となるであろう史上空前の超大作。
『指輪物語』が寓話として読まれることに、トールキンは否定的だったが、映画となった本作は原作の構造が持つ寓話性の高さを証明する結果となっている。原作では障害のひとつに過ぎない（ように見える）シェロブも、なんらかのアレゴリーに思えてくる（狡猾な老女、蓄えられた獲物）。
かつて、ファンタジーを愛した全ての人のための最高級の贈り物。
２月２６日（木）
新宿武蔵野館２で『コンフィデンス』。
ダスティン・ホフマンが変態ギャングを怪演。アンディ・ガルシアがあまりにも雰囲気が変わっていて、びっくり。『アンタッチャブル』の溌剌とした鉄砲玉小僧がショボくれた中年オヤジになっている。
テーマがコンゲーム（詐欺）なので、これ以上書けないし、書きたくない。情報は少しでも少ない方が絶対楽しめるから。犯罪映画が好きな人はどうぞ。
２月２７日（金）
渋谷文化村ル・シネマ１で『オアシス』。
刑務所帰りの社会的に未熟な青年と重度の脳性麻痺の女の子のラブストーリー。
世界の無情さを情け容赦なくえぐり出すイ・チャンドン節が炸裂。
前２作『グリーンフィッシュ』、『ペパーミント・キャンディー』でも描かれた、哀しい世界の物語。
どこで道を間違えたのかわからない、だけど、結局ここまで来てしまった……あと戻り出来ない人生の冷たさと幸せへの絶望的な距離が伝わってくる。傑作です。これが３作目だけど、３本とも傑作です。すごい監督です。だけど、「絶対観ろ」とは云えません。そういう映画です。
センター街の中華料理店で昼食（鳥ももから揚げ定食）の後、文化村に戻って地下のミュージアムで「モネ、ルノワールと印象派展」。モネの『アンなんとか（忘れた）、夕方』が良かった。印象派は光と色彩の表現を重視して、一般に構図は二の次になる傾向があるけど、これは構図が気に入った。画面右の鬱蒼とした暗い木立と左上方の夕暮れせまる空の対比。美しい水面から薄暗い岸辺への光と色の変化。観に来た甲斐がありました。
ブックファーストで『コーネルの箱』（チャールズ・シミック著・柴田元幸訳 文藝春秋）を買って帰る。
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